マスコミが争うより、手を組む方が怖い
- 2015/03/24
- 06:10
今から26年前、高知県の出版社に勤務していたとき、「NHKの記者の不祥事に関する記事を書こうとしたらデスクからボツにされた」と、友人の新聞記者が憤慨していた。
新聞社が結託してNHKの不祥事を隠したのだという。
そんなこと、あるはずないだろ、と最初は耳を疑った。
NHKの記者が泥酔して車を運転して事故をおこしたうえ、被害者のタクシーの運転手を引きずり出して踏んだり蹴ったりして逮捕された。その件を記事にしたいと言うと、ニュース性が低いという理由で、採用されなかった。
悔しいので「どこかで書いてみてくれませんか」というのだ。
「新聞記者なら自分で書けよ」と内心思ったが、新米の彼が、上司に逆らって書けない事情もあるのだと察した。私もまだ20代の半ばで、組織の中での難しさは実感していた。
事故や暴行、逮捕のウラはすぐに取れた。しかしマスコミ各社が、あえて報道しないようにした、という証拠は何もなかった。
「報道する権利」を彼らは持っているが、当然のことながら「報道しない権利」も持っている。
高知県という田舎で、NHKの記者が飲酒事故で逮捕されたという程度の話の、ニュースバリューは高くはない。「ひどいことしやがって」「なぜ報道しないのか」といくら騒いだところで、その効果はたかが知れている。
しかし、マスコミが話し合い、NHKの事件を隠したとなれば話は別だ。半信半疑だったが、それが事実なら自分が書くしかない。そう思った。
私は、いくつもの新聞記者連中にしつこく聞き回った。新聞記者も会社員だから下手にしゃべれば自分の身があぶない。面倒なヤツが、うろうろしていると睨まれはじめた。
私が勤務していた出版社も、かなり面倒に思うようになったらしい。
「新聞社を相手にケンカを売っても、いいことはない。やめた方がいい」と、その出版社の顧問をやっていた著名な詩人がわざわざ私に忠告にきた。
しかし乗りかかった船は途中で降りられない。そう自分に言い聞かせて、私は会社を辞め取材に専念した。
記事を書き上げたものの、掲載できるところはなかった。朝日を叩くとかNHKを叩くというのは関心を持つ人もいたが、全ての報道機関となると難しいという。変な話だった。たしかにテレビも新聞の系列であるし、そんな話がメジャーにできるはずもない。
私は、知人に紹介してもらい、上京して、とりあえずいろいろな人に会った。朝日ジャーナルの筑紫哲也、一水会の鈴木邦男、日刊ゲンダイの二木啓孝、そして『噂の真相』の岡留安則といった人たちとお茶を飲んだりした。
『噂の真相』というゴシップ雑誌は、あまり知らなかったのだが、過激なことをいろいろ書いていた。
新宿の小さなオフィスにあった『噂の真相』の、山ほど雑誌や本を踏み上げた編集室で、発行人の岡留安則が、原稿を読んでくれた。「面白いじゃない」と言ってくれ、掲載が決まった。こういう雑誌をイエロージャーナリズムとして嫌う人もいる。しかし、世の中、報道されていないこと、報道できないことのほうがはるかに多いのだ。そう実感した。
以下は、そのときの記事。少し長いが、全文掲載しておきたい。
【記者クラブが同業の誼(よしみ)で封印したNHK記者の不祥事】
(1989年5月号/噂の真相)
■報道されなかった記事
「警察言うたら、仕事できんようにするぞ、おまえの会社も大変なことになるぞ、って脅かされたんです。これはどこかの組員だなって思いました。男はだいぶ酔ってたし、胸や首をつかんで脅かすので、怖かったんですよ。警察が来て安心しました」
タクシーを運転していて追突されたAさん(57)は取材に対しこのときの様子をこう語った。マスコミ各社は、Aさんを取材しなかったため、この証言も事故そのものも報道されることはなかった。
高知警察署の発表によると、事故のあったのは昨年9月22日午前3時30分、高知市上町3丁目6−17付近高知市道交差点。呼気1リットル中0.7ミリグラムのアルコールが検出されたため、タクシーに追突したBさんを逮捕した。BさんはNHK高知支局に勤務する報道記者(47歳)。調べに対し、家で酒を飲んだと話していた。事故によるケガはなかった。
この事故は警察記者クラブで発表されたが、どの社も報道を見合わせた。逮捕されたのは記者だったことから、この事件はマスコミ内部の話題となり、一つの論議を呼んだ。報道すべきだったのかどうか。そして、報道できたのかどうか。
報道すべきだと主張し、原稿を書いたある記者は次のように話す。
「この記者の話は記事にしない。でもほかの飲酒は記事にする、というのは矛盾している。たとえ一般の人のことは報道しなくても、書く側の不祥事には厳しいくらいの姿勢がいまのマスコミには必要だと思う。記者が窃盗、万引き、わいせつ、すべてきちんと書くべきなんです。でなきゃ、人のこと、書けるはずないじゃないですか。各社の幹部が話をあわせて伏せたんです。腐ってますよ」
警察が発表しても、マスコミの不祥事だけはなかなか報道されない。なぜか。その現状を知るために、この事故を一例として取材した。以後は、高知県の報道11社のうち(取材を断った共同通信社を含む)6社を取材したレポートである。
■公務員じゃなかったから
この記事を報道しなかった理由として毎日新聞は、「公務員なら報道したが、NHKの記者は会社員。公務員は処分が決まっていて、処分にもニュース性があるから記事にせざるを得ない」としており読売新聞も、「公務員は税金を使い、国民の先頭にたつ公僕だから記事にして厳しく対処している。NHKの記者は公務員でないから報道しなかった」という。また高知新聞は「教師や警察官などの公務員、暴力団組員は報道の対象にする。会社員なら報道しないケースだった」との見解を示す。
このように、「NHK記者は、公務員ではなく会社員である。だから報道の対象にならない事件だった」というのが各社の共通した言い分だ。
反証してみよう。昨年2月15日、プロ野球投手が酒気帯び運転と通行禁止違反で高知警察署に検挙された際、各社はかなり大きな報道を行った。記事には写真が入り、「二日酔い、女性とゴルフへ」というサブタイトルをつけた社もあった。ある社は、一大事を引き起こした、とさえ書いた(この投手のアルコール検出は呼気一リットル中わずか0.25ミリグラムだった)。この野球選手は、公務員ではない。
また昨年1月27日、高知新聞は「免許不携帯で組員逮捕」という報道を行った。いくら組員だからといえ(飲酒よりはるかに軽い)免許不携帯で逮捕され、そのうえ報道されてはたまらない。ともあれ、この組員も決して公務員ではない。
これらの報道は、プロ野球選手の検挙、暴力団組員の逮捕にニュース性があると判断された結果ではないか。公務員報道とはなんら関係はないのだ。
現在の報道のシステムでは、公務員でなくとも、ニュース性があると判断されれば報道されるのではないか。はたして報道記者の事故の場合はどうだろうか。犯罪報道に詳しい浅野健一氏(共同通信)にきいてみた。
「私は、一般刑事犯罪の報道は、匿名で行うか、ニュースにしないことを主張しています。ですから、一般刑事犯罪をまったく報道していないのならよいわけですが、現実にはそのような犯罪を実名で報道している。一方で記者が起こした事件については報道しないというのは矛盾しています。逮捕ならば報道するという立場をとっている報道機関が、この記者の事故を報道しないのはおかしいわけです。いまの報道のシステムならば、NHK記者の飲酒、事故、逮捕、のニュースバリューは高いと判断されるはずですから」という浅野氏は、さらに「その際に公務員であるかどうかなど、全く関係ない」との意見も加えた。
■報道は伏せられた?
この取材の過程で「報道規制が行われたのではないか」という話があった。NHK報道部長が各社をまわって報道を伏せたらしい、というのだ。
その件について、高知新聞報道局次長は、「NHKの報道部長と、『同じ責任者として頭が痛いですね』といった話はしたが、それはこの事故をボツにすることを決め、夕刊の原稿を締め切ったあとの話だった」という。
しかし読売新聞支局長は、「事故の直後に支局長会で会い、事故のことは話した。同業者なので同情したし、大目にみたと思ってもらっても構わない。昼の事故なら隠せないが、深夜の事故なので幸運なケースだったのではないか」という回答をくれた。
この読売の回答を言いかえると、「同業者なので同情し、深夜の事故は目撃者が少ないので大目にみて隠してやったのだ」ということになる。
さらに朝日新聞社支局長は取材に対し次のように語る。
「そのNHKの記者はタクシーの運転手にくってかかり、警察に通報されたと聞いた、事件の当日に、NHK報道部長から、社員がこのような事件を起こして申し訳ない、ご配慮をお願いしたい、という話はあった。同業者として仲間をかばう気持ちもあった」と、規制とも受け取れる連絡があったということを認めた。
都道府県にはマスコミの責任者でつくる会がある。NHK高知支局放送部長は、高知県のマスコミ11社でつくる「報道11社会」の幹事をつとめ、常に他社に連絡をいれる立場にあった。そのような立場の人物が他社に出向き。「ご配慮」をお願いすれば、それは報道規制ではないか。
その点についてNHKを訪ね、報道部長に話をきいた。
「報道規制などとんでもない。私たちはつねに会う機会がある。なにかの連絡のついでにこの話も出たんだと思う。だいたいNHKが圧力を加えるなどということがあるはずがない。またそんな力も持っていない。不祥事を起こして本当に申し訳ない、ぐらいの話しかしていない」
と当初はこちらの予測した返答をしていた。
ところが話が進むにつれ、「なんの雑誌に書くのか」「NHKというと、それだけで波及効果が大きいので困る」というトーンに変わり、さらに「どうしたらいいか」ということになった。
そして最後には「今は助けてくれとしか言えない」という。
助けるとは一体どういうことなのだろうか。警察の不祥事にしろ教師の不祥事にしろ、書かれる側はいつも助けて欲しいのではないか。正式に取材を申し出た私に、「助けてくれ」と言うこと自体、これは報道規制と何ら変わりないのではないだろうか。
■表に出ないマスコミの不祥事
昨年12月26日、毎日と読売を取材した。その直後、このNHK放送部長から「いったいどんな男が取材しているのか」という電話が朝日に入っている。毎日と読売を取材したことが、即座にNHKに伝わりそれが朝日にいく。不気味なほど、はやい。
「どんな男が取材」しようと、やましい事をしていなければ、マスコミ幹部が慌てることもない。隠したい事実があればこそ、なのだろう。また、どこの新聞社のだれが、取材に対し何をしゃべったか。そんなこともこの世界では大きな話題となるらしい。
浅野健一氏は、このようなマスコミの体質についてこう語る。
日本の場合、マスコミの不祥事はなかなか表に出ない。だから記事だけ読むと新聞記者は悪い事はしない、と思われる人も多いかもしれないが、実際にはたくさん不祥事の例がある。不祥事に限らず、自社に都合の悪い場合は必ずといってよいほど出さない。朝日新聞社が、天皇崩御のために自社の式典を自粛した。こんなことは報道されないわけです」
「隠す」のは悪いことだ、といつも言っているのはマスコミではないか。政府、警察、学校などの不祥事を報道する際「もの言わぬ学校」「警察ひた隠し」の見出しのように、「隠す」ということに対して、ペンの力で徹底して糾弾する姿勢を見せる。
このNHKの記者の事故があった4日後の9月26日の読売新聞も「警部が飲酒・自損事故を起こし処分されていた事実」をスクープ、見出しに「徳島県警こっそり処分」と書き、「ひた隠しにしていた」と報じて、「隠す」警察の体質を問いかけた。これが全国ニュースとして流されるのに「NHK現職記者が飲酒事故」「マスコミ各社ひた隠し」はニュースにならない。
マスコミ各社が手を結ぶ。この現実こそ大問題ではないか。表面上はスクープ合戦をしているように見えるマスコミ各社が、身内の問題に対しては協定を結び報道の足並みをそろえる。そのようなマスコミの体質こそが問題だろう。〈了〉
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現在も、朝日がどうだ産経がどうだと、いろいろ言う人がいる。
それはそれでいいのだが、やはりメディアは独立していなくてはいけない。マスコミが手を結ぶことが怖いのだ、という考えは、いまも変わらないということを書き加えておきたい。

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