【シャブを打つのは、悪いに違いないが……】
- 2015/06/01
- 22:44

※撮影/水野竜也/このカラフルなMDMAが身体を蝕んでいく
【麻薬密売組織の壊滅に挑む麻薬捜査官】
「相手が、どこから電話しているのかは、実際にわかりませんからね」
その麻薬取締官(マトリ)の幹部、捜査企画課長の坂田勝弘は、そう答えた。
7年ほど前、国際犯罪対策をテーマに、舛添要一(当時、厚生労働大臣)にインタビューしたり、海上保安庁の臨検に同行したりしていたときのことである。麻薬といえば、やはりマトリを取材しなければ始まらないんじゃない? という声に押されて、マトリの仕事について根掘り葉掘り聞いていたときのことだった。
例えば、覚せい剤乱用者の母親から「うちの息子が覚せい剤を使って困っています」という電話がかかってくる。しかしそういう相談電話を受けたら、すぐに駆けつけて逮捕するものだと思っていたら、そうでもないらしい。たしかに、逆探知してすぐ逮捕するのなら、それは相談業務にはならない。
「法律違反を見逃すわけではないが…」と坂田課長は続ける。「アドバイスも大事なんですよ」
症状を聞いて入院をすすめたり、やめさせるアドバイスもする。相談に乗ることが大切なのだという話や、何度もムショに入る息子を支えながらボロボロになっていく母親の話などが、ことさら印象深かった。
一般感覚では、「覚せい剤使用者=逮捕」という図式ができあがっている。何がなんでも何でもすぐ逮捕しろ、というのが国民の声である。だが、実態を知っている人ほど、そういうものでは解決できないと断言する。膨大な件数なのだから捕まえればいい式にはならない。マトリが、密輸の阻止と売人の摘発を重視するのは、そのためでもある。
まだ、犯罪としての「麻薬」を取材しはじめたばかりで、麻薬取締官は警察庁の傘下にある、と思っていたほどの無知ぶりだった。
「えっ、厚生労働省なの?」と友人に言ったために、「大丈夫?」とバカにされた記憶もある。
麻薬の取り締まりは、薬物の成分を分析するような業務が欠かせない。(それは「危険ドラッグ」の取り締まりを考えればよくわかる)
そのため、マトリのうち約7割は、薬学部出身者で薬剤師の資格を持っている。「なるほど門前薬局でろくな仕事もせずに、点数だけ稼いでいる薬剤師より、よほど意味があるなぁ」と思ったのもそのときだった。
わずか一粒のMDMAを分析し生産国を探し当て、密輸ルートを解明する話は面白かったが、そういう仕事もあるから、マトリは厚労省管轄なのである。
捜査官には若い美女もいて格闘技を身につけて身体を鍛えつつ、犯罪現場で潜入捜査もやるというのだから、それこそ怖い。そんな娘に、だまされた日には涙も出ないだろう。根こそぎ売人を逮捕したあとは、面が割れて仕事にならないので、遠くに転勤するようだ。
マトリは、海外マフィアや日本のヤクザ、密売組織を暴く特殊任務を背負った刑事訴訟法190条に基づく司法警察官。大沢在昌著のハードボイルド推理小説『魔物』によれば、ロシアンマフィアとヤクザの麻薬取り締まり現場に踏み込んでいく麻薬取締官が、オートマチックのベレッタで9ミリショート弾を乱射するシーンもある。なにしろ、「麻薬取締官が銃を抜いたら、そのときは必ず撃つ」ともいわれる、ヤクザからも恐れられる存在だという。
「実際のところ、どうなんですか。ガサ入れになって、麻薬中毒者や密売人と銃撃戦になったり、刺されたりしないんですか?」
思わず本音で聞いたら正論で返された。
「常に銃の準備はしていますよ。でも私は、これまで撃たれたことも撃ったこともないですね。ガサに入ったときは、まず、刃物を犯人から遠ざけるのがわれわれの仕事。覚せい剤乱用者などは、枕元に刃物を置くことがあるので、真っ先にそれを取り外す。もし、刃物を向けられたり、取締官がケガをしたりしたら、それこそ捜索の失敗なんです」
「格闘なら、まだいいんですけどね」と前置きをした上で、マトリの幹部は続ける。「そもそも、相手に銃や刃物を持たせた時点で、そのガサ入れは失敗」
「なるほどなぁ」と納得しつつも心のなかでは、「そんなわけないだろ」との思いが消えない。オフレコの警察官の話は無茶苦茶であるし、警察官が売春を斡旋したり、組織的に拳銃取引したりする事件がいくらでも発覚する日本だから、などと思ってしまい、こちらも素直でない。
「もっと面白い話はないんですか? 元麻薬取締官の小林潔氏の本にあるような、スキンヘッドにしてロレックスの腕時計とルビーつけて、ヤクザに潜入した話とか読みましたが…」
「大沢さんの『魔物』にあるような、ニューナンプM・60や、三十八口径のコルトディレクティブポリス、ベレッタM八十五とか、二十五口径のベビーブローニングとかって、携行されるんですか」などと読みかじった話をぶつけてみたが、やはり笑うだけ。
否定しないところをみると、小林潔や大沢在昌の書くものも、まんざらではないようだ。
もっとも、そういう話が公然と出るのは、退職後か、懲戒くらって辞めた人の暴露話だと相場が決まっていると真面目なジャーナリストからは笑われるのだが、それでもやはり、一応は、そういうことを聞いてみたくなる性分なのだった。
このときの収穫と言えば、やはりシャブ中毒は、一種の病気だから目の敵にして捕まえればいいという考えはよくない、という自覚ができたことだ。
そのころから、某タレントや、某マスターなどを含めて、自分のまわりにはシャブ経験者が多い。ただ「自分は一度も手を出したことがないので、彼らの気持ちを共有できないのが悔しいですよ」と、巣鴨警察署の捜査官に言ったら、すごく共鳴されたことがある。
「やったことのない人間に(俺たちの気持ちが)わかるはずがないだろう」と言われても、捜査官がシャブをやるわけにはいかないから難しいところなのだ。その点、ダルクなどが更生に役立つ所以でもある。
一連の取材以来、彼らシャブ中毒経験者を、泥棒や殺人犯と同様にあつかうことには、僕はすごく不満がある。そういった叩き方をする報道も同じ。まして、麻薬患者をいきなり重罪にする野蛮な国々の制度には、どうも納得がいかない。
本文敬称略
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