元警察官ジャーナリスト、黒木昭雄が追った未解決事件
- 2015/08/10
- 12:44

『神様でも間違う』
3年前の2012年に、ジャーナリストの寺澤有から一冊の本が送られてきた。
その本、『神様でも間違う』(インシデンツ刊)は、元警察官の黒木昭雄(故人)によるミステリー作品だった。市民の味方のはずの警察が、一方でどういう体質なのかが、よくわかる秀作だった。
黒木昭雄と言えば、岩手県の17歳の女の子が殺害された事件を徹底して取材し、岩手県警の捜査の問題を訴えている最中に、不審死を遂げた元警察官ジャーナリストだ。
僕は、昔、寺澤が、週刊誌にしつこく警察の不祥事の記事を書いていたころに話を聞かせてもらい、寺澤のことを書いたことがあった。約20年ぶりに再会して酒を飲んだきっかけで、彼は自分の手がけたこの本を送ってくれたのだった。
しかし僕が黒木という人に関心をもったのは、まったく別の機会だった。黒木が亡くなる数年前、やはり元警察官でテレビにも出ていた北芝健に会ったことがある。北芝健と黒木昭雄は、同じ警察OBでありながら犬猿の仲だったので、いわば北芝への関心で、僕は黒木という人の存在を知った。
北芝は、黒木との争いで悪く言われていたものの、とてもユニークな人だったので、その後も会って出版の話などを進めていた。結局、僕の都合で北芝との仕事はたち消えになった。ただその時は、彼が激しくぶつかっていた相手の黒木なる元警察官ジャーナリストが、あんな不審な死に方をするなどとは、思ってもいなかった。
なんとも不可解で複雑な殺人事件
黒木の追っていた、2008年に起きた岩手の17歳の少女殺害事件は、今考えても、とても複雑な事件だ。
まず、殺害された少女と同姓同名の少女が、ともにこの事件にかかわっていること自体が、この事件をとてもややこしくしている。事実は小説より奇なりである。
ここで詳しくは触れないが、殺害された少女と、もう一人の同姓同名の少女は、逃げたとされる小原勝幸容疑者とかかわっており、この同姓同名の少女二人は高校の同級生で仲の良い友人だという。警察も、そこで混乱して取り違えた節がある。まさかホシの女二人が同姓同名とは……。ともすれば殺された少女は、同姓同名であるがゆえに、意図的、あるいは間違って殺された可能性もありそうだ。
もしこの事件が小説だったなら、同姓同名という設定は、小説のリアリティをむしろ低くするとして編集者が拒否するに違いない。
またこの容疑者とされた小原が、日本刀で脅されたという別の恐喝事件があり、その事件の捜査がないがしろにされてきたことが、殺人事件の真相を闇に葬っていると、黒木は指摘していた。
いまでも、小原を脅していたという岩手県下閉伊郡普代村の男や、その仲間らが、この殺人事件の真相を握っている、といった噂がネット上で拡散され、個人情報が晒される一方で、捜査不十分の警察への疑惑も払拭されていない。
裏返せば、(警察関係者が黒木を殺したのでなければだが)、警察さえ本腰を入れて関係者を捜査すれば、この事件はすぐに解決すると考えている人が多いようでもある。
警察に瑕疵があるのであれば、その膿を積極的に出した方が警察関係者も命拾いするのではないかと思うのだが、田舎の刑事らは、どうも保身に打算的なようだ。匿名の内部告発でいいから、捜査関係者は詳細な情報を送ってほしいものである。
多くの場合、警察が容疑者を決めつけた場合には、住民は容疑者バッシングに走ることが多い。ところが、この事件においては、住民の約半数が捜査に不満を持ち署名まで行うなど、いかに警察への不満が高いかが分かる。しかも容疑者とされている小原勝幸の父親は、警察の捜査に誤りがあり犯人の親とされたことによって「人格権や名誉権を侵害された」として、わざわざ国と岩手県を相手どって損害賠償を求める裁判を起こしている。この裁判が、日本で大きな問題にならないところに、日本のメディアの弱さがあるだろう。
真犯人を熟睡させてはいけない
小原容疑者にアリバイがあったという主張や、犯人としての証拠が示されないまま指名手配されたという指摘、そして早々に捜査特別報奨金制度による懸賞がかけられたのはおかしいという意見などを知ると、どうも警察の対応は不可思議である。一度、僕も、岩手の関係者らに話を聞いてみたいと思う。
さらに、この事件を扱ったFRIDAY(2014年5月)は、捜査関係者の話として、小原容疑者が失踪する前日に起こした自損事故を発見したのは住吉会系組員で、この人物は、07年に東京・両国の大島部屋にトラックで突っ込んだことで逮捕されており、大島部屋の元力士とトラブルになっていた、という話を掲載している。背景に、そんなきなくさい話も出始めている。
もし、小原が犯人でないとすれば、2014年になってもおさまらない事件報道に、真犯人は熟睡できないことだろう。いや熟睡させてはいけない。子どもだけでなく、いい大人が、毎日のように人を殺す時代において、少なくとも殺人事件はきちんと暴かれねばならない。
2008年当時といえば、僕は「日本の国際犯罪対策」の取材ばかりしていて、厚生労働大臣だった舛添要一のインタビューや、日本の変死体の司法解剖の課題を調べたり、警察庁の協力で外国人犯罪対策の取材をしたりしていた。いわば警察を持ち上げる記事を懸命に書いていたのである。だが、当時、警察庁もかかわるような、これほどグレーな捜査があったとは思わなかった。この件で知ったのだが、岩手県警の不祥事の数々にも、目に余るものがある。僕は寺澤と違って「警察など要らない」という立場ではなく、「悪い奴はさっさと逮捕して懲らしめろ」いう考えではあるが、警察がダーティになり、その警察の捜査権限が強化されることが最も怖いのだ、という理屈はよくわかる。
もっとも寺澤の著書などをいくつか読めば、警察とは所詮そういうもので、自分のほうが認識不足なのだと説得もされることも多々あるのだが……。
元警察官ジャーナリスト殺人事件
すでに事件が起きてから7年が経っているが、この事件を2年以上にわたって追い続け、住民の間に入って片っ端から関係者と会い事件を告発してきた元警察官の黒木によれば、容疑者とされている小原も殺害されている可能性も捨てきれない。小原の父親も、すでに息子は殺されていると考えているようだ。
そしてなにより、その黒木自身の死に方が、あまりに不自然だ。これを、早々に自殺だと決めつけること自体が、警察の病理を象徴している。おそらくだが、警察組織においては、元警察官のジャーナリストや、警察のあら探しをするような寺澤のようなジャーナリストは、その存在そのものが「敵」であり、「悪」なのではなかろうか。
だが、ジャーナリストが牙を剥かなくなれば、世も末だ。少なくとも、健全なメディアやジャーナリストたちは、もっと騒いだほうがいいと感じる事件だ。
黒木の出演した動画では、山岡俊介と寺澤有による『野良犬ジャーナル~事件の真相を追え!~黒木昭雄さんの最後の映像』2010/11/09YouTubeなどを見るといいだろう。黒木の執念の捜査・取材がわかりやすい。
その動画へのレビューに、「未解決事件を解決一歩のところで今度はご自分が殺されて未解決事件にされてしまうとは、さぞかし無念でしょうね」と誰かが書き込んでいたのが印象的だった。
世間では、いまも、元警察官の自殺ではなく、警察によって握りつぶされた「元警察官ジャーナリスト・黒木昭雄殺人事件」なのだろう。
本文・敬称略
追記 2015年8月11日
もっとも黒木の死に関しては、知人の弁護士に送った遺書があったことや、ホームセンターで練炭などを買ったレシートがあること、妻の兄に電話をかけていたこと、睡眠薬を飲んでいたことなどで、自殺は間違いない(『創る』篠田)とするリポート/2011年があることは書き加えておく。
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